笑福亭鶴瓶

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ブログからのネタの種

激しい後退……
只今、SCANDALの BEST☆SCANDAL 聞きながら 頭が、危機です。切りすぎ やっぱり、笑福亭鶴瓶ダョ ますますご活躍の抜け毛 禿 禿 禿 再見
2010/03/15 19:37:22 [竜嘉君の遊び場]
映画・おとうと
たが、、、 今日の映画は、動員165万人を突破したと言われている 山田洋次監督「おとうと」 主演の吟子に吉永小百合、おとうと鉄郎に笑福亭鶴瓶が 山田監督は特別功労賞「ベルリナーレ・カメラ賞」を受賞!!!"早くに夫に先立たれた吟子は、女手一つで小春を
2010/03/15 19:08:19 [気の向くままに・・・]
益若つばささんは可愛アイドルモデル!
特別功労賞(ベルリナーレ・カメラ賞)です。映画「おとうと」の内容は東京に住む薬局経営の吟子(吉永小百合)と大阪に住む鉄郎(笑福亭鶴瓶)が絡む。吟子のひとり娘・小春(蒼井優)の披露宴で鉄郎が酒に酔って暴れて…。愛と感動のヒューマンドラマ。
2010/03/15 17:43:48 [緑川鷲羽 上杉奇兵隊日記,]
SMAP大人気者木村拓哉頑張ってね
が、男と女ですからやけぼっくりに火がつくことも考えてくださいね。中居正広は山田洋二監督作品「おとうと」(出演、吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優)に笑福亭鶴瓶の友達として友情出演しましたね。キムタク木村拓哉の最新映画が楽しみですが何故「yahooニュース」にキムタク木村拓哉の画像がな
2010/03/15 17:41:59 [緑川鷲羽 上杉奇兵隊日記,]
13階段
原作:高野和明 監督:長澤雅彦 出演:反町隆史、山崎努、笑福亭鶴瓶 冤罪を晴らし、ある死刑囚が死刑執行されないために調査を始めた 元刑務官と元受刑者の話。原作では、死刑制度の中身を丁寧に解説しているような箇所もあり、 非常に勉強にも
2010/03/15 16:34:03 [鑑賞中!]
映画館大賞2010、1位はクリント・イーストウッド
自身最後の出演作と言われる円熟した演技は見事。彼の"人生"の集大成として見ることもできるくらいおすすめ。2位は笑福亭鶴瓶と瑛太の共演が話題になった『ディア・ドクター』(西川美和監督)、 3位は『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』(ケニー
2010/03/15 15:40:33 [おっと!カレンダーの準備]
益若つばささんは可愛アイドルモデル!
特別功労賞(ベルリナーレ・カメラ賞)です。映画「おとうと」の内容は東京に住む薬局経営の吟子(吉永小百合)と大阪に住む鉄郎(笑福亭鶴瓶)が絡む。吟子のひとり娘・小春(蒼井優)の披露宴で鉄郎が酒に酔って暴れて…。愛と感動のヒューマンドラマ。
2010/03/15 15:12:34 [緑川鷲羽 上杉奇兵隊日記,]
SMAP大人気者木村拓哉頑張ってね
が、男と女ですからやけぼっくりに火がつくことも考えてくださいね。中居正広は山田洋二監督作品「おとうと」(出演、吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優)に笑福亭鶴瓶の友達として友情出演しましたね。キムタク木村拓哉の最新映画が楽しみですが何故「yahooニュース」にキムタク木村拓哉の画像がな
2010/03/15 15:10:49 [緑川鷲羽 上杉奇兵隊日記,]
「松たか子」松たか子
。日本映画第1位「ディアドクター」を上映後、表彰式が行われ、主演男優賞の笑福亭鶴瓶、主演女優賞の松たか子ら受賞者が勢ぞろいした。受賞後の記者会見で、笑福亭鶴瓶は「松さんとのツーショットが掲載されたキネマ旬報を家宝にします」とコメント
2010/03/15 15:03:20 [松たか子と愛の無い生活]
ストーリーを楽しむ洋画DVD
宏 山田孝之 僕の彼女はサイボーグ 綾瀬はるか 小出恵介 神様のパズル 谷村美月 博士の愛した数式 寺尾聡 深津絵里 輪廻 優香 パンドラ 三上博史 ディア・ドクター 笑福亭鶴瓶 重力ピエロ 伊坂幸太郎 加瀬亮 誰も守ってくれない 佐藤浩市 志田未来 GOEMON 森高千里さんの御主人・・・ チームバチスタの栄光 阿部寛 ジェネラルルージュの凱旋 阿部
2010/03/15 14:44:08 [iida-blog-learning-and-thinking]

はてブ注目エントリーからのネタの種

鳥山明と笑福亭鶴瓶は、如何なる経緯から対談するに至ったか(1980年) - 情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明
簡単なまとめ鳥山明がD.スランプで鶴瓶を(勝手に)描くジャンプを読んだ鶴瓶のラジオ番組リスナーがその切抜きを送るラジオ放送で「鳥山明さんこれ聞いとる?」と呼びかける鳥山明が番組宛にハガキ描いて出すラジオ出演、対談実現  文中は、敬称略です。 情報ソース 週刊セブンティーン1981年4・5合併号掲載 「新春あこがれ対談 Dr.スランプ(鳥山明) VS (笑福亭)鶴瓶」より    鳥山:は、はじめまし...
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<ビートたけし>「泣きそうになった」長嶋茂雄氏と8年ぶり再会 東京スポーツ映画大賞(まんたんウェブ) - Yahoo!ニュース
タレントのビートたけしさん(63)が審査委員長を務める「第19回東京スポーツ映画大賞」の授賞式が28日、東京都内のホテルであり、同時に授賞式が行われた「東スポ50周年特別賞」をプロ野球巨人の長嶋茂雄・終身名誉監督(74)に贈呈したたけしさんは「(会うのは)7〜8年ぶり。長嶋さんの前だとしゃべれなくなる」といい、「今日は(自分が長嶋さんに)よく表彰状を読めたと思う。泣きそうになった」と胸の内を明かし...
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バーニング周防を激怒させた北野誠が芸能界復帰へ 鶴瓶・やしきの尽力も...... - 日刊サイゾー
北野誠から毒舌を取ったら何が残るの?  "不適切発言"で無期限謹慎中のタレントの北野誠が、20日に行われる大阪・通天閣劇場のシークレットライブで復帰する。実はこの復帰劇の裏側には、笑福亭鶴瓶とやしきたかじんの尽力があったのだという。 「鶴瓶とやしきが、芸能界の実力者と言われている某大手プロのオーナーに頭を下げて、北野が怒らせた、大手プロの社長を説得してもらったらしいです」(芸能界事情通)  昨年の...
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痛いニュース(ノ∀`):「あしたのジョー」がジャニーズの山下智久主演で実写映画化へ
「あしたのジョー」がジャニーズの山下智久主演で実写映画化へ1 名前: エビ巻き(関西地方):2010/02/17(水) 10:08:34.73 ID:xwQAgDfj ?PLT 伝説のコミック『あしたのジョー』NEWS山下智久主演でTBSが実写映画化へ 1967年から73年まで「週刊少年マガジン」(講談社)で連載され、数々の社会現象を巻き起こした人気コミック『あしたのジョー』がついに実写映画化され...
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DrasticDramatic 『ディア・ドクター』 その嘘は、罪ですか。 (2009/日本 監督:西川美和)
むかし、同、西川美和監督の『ゆれる』を観たときに抱いた寂漠とした不安。それは映画の品質の高低に対する不安ではないが、どうにも上手く言葉に落とすことができない不安であった。卑近な例えで言えば、外出先で「家のガスの元栓ちゃんと閉めてたかな……」とふと考え込んでしまうような、被害妄想、神経症にも近しい不安。そんな不安を『ゆれる』では煽られたわけなのだが、本作、『ディア・ドクター』では、不安に対する最適解...
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次号、88号の詳細を発表します! | クイック・ジャパン編集部ブログ | クイック・ジャパン - QuickJapan
太田出版発行の雑誌「クイック・ジャパン」の最新情報や編集部の様子をお伝えしていきます。 ※表紙以外の画像は無断転載・使用を禁止させていただきます次号88号の詳細を発表します!次号の巻頭表紙は前号予告の通り、ウッチャンナンチャン!!2人揃っての登場は本誌初!以下詳細です。【FEATURES.1】 ウッチャンナンチャン コントにかけた四半世紀◆『笑う犬2010寿』収録 密着レポート ◆ウッチャンナンチ...
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高額ギャラのタレントの切捨てが始まる: 独りしゃべり
こんなニュースが流れた。http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20080929-01/1.htm恐ろしいギャラだ。これって、一本(時間給)らしい。ーーH18のテレビ局か広告代理店の内部資料らしい550万円 みのもんた    200万円 上沼恵美子500万円 明石屋さんま         桂三枝島田紳助            小堺一機北野武  ...
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暇人\(^o^)/速報 : バイト体験談語ろうぜwwwwwwwwwwwwww - livedoor Blog(ブログ)
バイト体験談語ろうぜwwwwwwwwwwwwwwバイト体験談語ろうぜwwwwwwwwwwwwww 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/02/01(月) 03:11:16.56 ID:T3K7sP+W0 某有名飲食チェーン店 飲食は底辺と言われる所以は客層にある。 DQNは意外と人間ができている。たちが悪いのは更年期のオッサン、おばさん連中だ。 「ちょっと...
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『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 - 日刊サイゾー
藤子不二雄の代表作『オバケのQ太郎』は、ごく普通の少年・正太くんの家に居候する無芸大食漢でお人好しのオバケ・Q太郎が巻き起こす明るいドタバタコメディーだが、藤子・F・不二雄が1973年に発表した『劇画・オバQ』では大人になった正太と年をとらないQ太郎が15年ぶりに再会するという後日談が描かれている。久々の再会を喜び合う2人だが、結婚した正太の新居にはQ太郎の居場所はなく、自分がやっかい物であること...
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綾瀬はるか 最大の武器は"おっぱい"ではなかった!? - メンズサイゾー
1月27日、東京映画記者会(東京中日スポーツなど在京スポーツ7紙の映画担当記者で構成)が選ぶ「第52回ブルーリボン賞」が発表された。主演男優賞は『ディア・ドクター』の笑福亭鶴瓶、そして主演女優賞に輝いたのは『おっぱいバレー』の綾瀬はるかだった。『おっぱいバレー』という、なんとも恥ずかしいタイトルを綾瀬が連呼するということで、公開当時にも話題となったこの映画。綾瀬は、「バレーボールの試合に勝てたらお...
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胸イッパイの喜び! 綾瀬はるか、「おっぱいバレー」で主演女優賞 - MSN産経ニュース
「おっぱいバレー」で「おっぱい」を連呼し新境地を開拓した綾瀬はるか。男性ファンはより一層の“開拓”を願っています=東京・新橋(撮影・戸加里真司)サンケイスポーツなど在京スポーツ7紙の映画記者が選ぶ「第52回ブルーリボン賞」各賞が27日、決定した。「おっぱいバレー」で主演女優賞に輝いた綾瀬はるか(24)は「こういうタイトルなんですけど、いただけて光栄です」と照れながらも“ムネ”を張った。主演男優賞は...
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社会人が仕事もそっちのけでTVにRADIO:鶴瓶大新年会(1/1)
前回の流れを汲んだ内容も盛りだくさん。 元旦の早朝7時。この番組は収録ですが、 キャンパスナイトフジからガラリと変わる絵w 南原「こっからはグレイ色です」w このコーナーになるとお客さんも減るとウッチャンw セットの裏でダラダラ喋ってる総合司会の鶴瓶も登場。 2009年は日刊スポーツ映画大賞の主演男優賞を受賞、 その他『2009年最も輝いた男』等のテロップが表示され、 鶴瓶「ゲームとかってのはやめ...
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制作費難で休止、鳥人間コンテスト再開 : ニュース : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
テレビ&ラジオニュース理想の刑事像 作りたい (1月18日)代表作となった「相棒」を卒業してから約1年。連続ドラマ復帰作で演じるのも京都府警の刑事だ。「名前を『寺脇刑事』にしようかと思うくらい刑事役を演じている。今までの経験を生かし、この作品を自分の刑事ドラマの集大成にしたい」と意気込む。(1月18日) [全文へ] 伝統芸2大流派 「壇ノ浦」競演 (1月18日)観世流の観世喜正(よしまさ)(39)...
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タレントのミッキー安川さん死去 : ニュース : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
テレビ&ラジオニュース理想の刑事像 作りたい (1月18日)代表作となった「相棒」を卒業してから約1年。連続ドラマ復帰作で演じるのも京都府警の刑事だ。「名前を『寺脇刑事』にしようかと思うくらい刑事役を演じている。今までの経験を生かし、この作品を自分の刑事ドラマの集大成にしたい」と意気込む。(1月18日) [全文へ] 伝統芸2大流派 「壇ノ浦」競演 (1月18日)観世流の観世喜正(よしまさ)(39)...
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「キン肉マン」ロビンマスク役の声優自殺か : ニュース : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
テレビ&ラジオニュース理想の刑事像 作りたい (1月18日)代表作となった「相棒」を卒業してから約1年。連続ドラマ復帰作で演じるのも京都府警の刑事だ。「名前を『寺脇刑事』にしようかと思うくらい刑事役を演じている。今までの経験を生かし、この作品を自分の刑事ドラマの集大成にしたい」と意気込む。(1月18日) [全文へ] 伝統芸2大流派 「壇ノ浦」競演 (1月18日)観世流の観世喜正(よしまさ)(39)...
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『A-Studio』という笑福亭鶴瓶の革命- てれびのスキマ
笑 | 今年の年初めNHKで放送された『新春テレビ放談』。千原ジュニアを司会に、テリー伊藤、鈴木おさむ、眞鍋かおり、森達也らが、2009年のテレビ番組を振り返るといったもので、色々と興味深い話題が多く面白かった。特に、バラエティ番組を振り返るコーナーで、トーク番組が注目されたという中、ジュニアがテリーに「あっ、このトーク番組は面白いな、とか、いいなぁーっていうのもありますか?」と問われ、即座に『A...
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「目玉おやじ」の声、田の中勇さん死去 : ニュース : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
鈴木美潮のdonnaアニソン歌手、五條真由美さんに聞く (1月15日)日テレG+「どれどれトーク」の新年最初の収録は、歌手の五條真由美さんでした。五條さんは、「ふたりはプリキュア」主題歌で有名なアニソン歌手で、現在日本テレビ系で放映中のアニメ「夢色パティシエール」の主題歌を歌っています。五條さんご自身とは、以前から親交もありましたが、今回日テレ系のアニメ主題歌をご担当ということで、満を持して番組に...
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なんでも(=´∇`=)ちゃんねる : 2chに対する芸能人の反応 - livedoor Blog(ブログ)
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/15(金) 12:21:26.54 ID:cIM1SOwC0 ■星野仙一 本人のいない所であれこれ文句を言うのは男らしくない。けれども言いたくても本人に直接会って言う機会なんてそうそうある事じゃない。真摯に受け止めますよ。似顔絵のようなのはもう少しハンサムにしてもらいたいなあ。 ■乙武洋匡 匿名だからこそ好き勝手に書けるけれど、...
1970/01/01 00:00:00 []
いいともに人気アニメ声優が登場!!:【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)
1 名前:名無しでいいとも![] 投稿日:2010/01/14(木) 09:55:22.77 ID:bh6gAKmL 2010年1月14日 12:00〜13:00 新企画!鶴瓶と若手俳優が役者魂全開で真剣芝居! 仕分けQに人気アニメ声優が大集合! 夢のコラボレーションも実現!?大人買いでガスト全メニュー対リカちゃん人形全種類! 森田一義 笑福亭鶴瓶 山口智充 青木さやか チュートリアル 大島美幸 ...
1970/01/01 00:00:00 []
吉本芸人に見られる「宮迫病」的症状 - 昨日の風はどんなのだっけ?
テレビ, お笑い, 芸能お笑い界には、「ダウンタウン病」とか「松本病」といった、強く影響を与えた人によって、その人と同じようなスタイルが蔓延することや、似たようなダメパターンを持っている人を一括りにする際に、その代表格の固有名詞の冠を付けて、「○○病」ということが、稀にですがあります。最近の関西系の芸人の東京進出をみていると、「自分のペースでしか、話を進められない」「自分の知識のない話題を、相手が...
1970/01/01 00:00:00 []
ヨーロッパサッカー情報のスクランブル交差点「EURO FOOTBALL JUNCTION」
京都情報のスクランブル交差点「京都情報ジャンクション」

Wikipediaサマリーなネタの種

笑福亭鶴瓶(しょうふくてい つるべ)は、上方落語の名跡。

当代は特に代数を名乗っていないものの、4代目笑福亭松鶴の門下で鶴瓶を名乗り、後に2代目林家染丸の門下に移り染八を名乗った噺家がいることから、当代は2代目であると思われる。

* 初代 笑福亭鶴瓶(生年不詳 - 1944年2月)は、後の林家染八。初め4代目笑福亭松鶴の門下で、師が一旦芸界を離れた時に、2代目林家染丸の門下に移る。本名は金谷伊太郎。
* 笑福亭鶴瓶(当代) - 本項を参照。

しょうふくてい つるべ
笑福亭鶴瓶
本名 駿河学
別名 べーさん、まーちゃん、まなぶくん
生年月日 1951年12月23日(56歳)
出生地 日本・大阪府大阪市平野区
血液型 O
活動期間 1972年~
活動内容 落語家、お笑いタレント、俳優
家族 妻、長男(駿河太郎)、長女
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五枚笹は、笑福亭一門の定紋である。
五枚笹は、笑福亭一門の定紋である。

笑福亭 鶴瓶(しょうふくてい つるべ、本名:駿河 学(するが まなぶ)、1951年12月23日 - )は、日本の落語家(6代目笑福亭松鶴門下)、お笑いタレント、俳優。

来歴・人物

大阪府中河内郡瓜破村(その後、合併で大阪市東住吉区に編入され、現在は分区して平野区)の出身で、兵庫県西宮市在住。

松竹芸能東京支社に所属(主に関東での番組を担当するデンナーシステムズにも所属)。 落語家としては、上方落語協会理事(広報委員長)も務めている。

あだ名は「べーさん」、「まーちゃん」、「まなぶくん」。 身長は公称173cm。血液型はО型。趣味はボクシング。好物はパン、カレーライス。

5人兄弟の末っ子で浪速高等学校卒業。その後、京都産業大学経営学部に進学するも中退。大学時代は京都産業大学落語長屋という落語研究会に所属しており、童亭 無学(どうてい むがく)を名乗る。一時期はここでの芸名を本名であるスルガ・マナブと名乗ったこともある。

しばしば、鶴瓶を「つるべぇ」「つるべぃ」と誤読されるが、出典が「釣瓶」なので正しくは「つるべ」である(同じく笑福亭一門であり、兄弟子でもある笑福亭鶴光もしばしば「つるこう」と誤読されるが正しくは「つるこ」である)。鶴瓶本人は関西においては「鶴瓶はな、『つるべえ』やあらへん、『つるべ』や」と六代目松鶴のまねで説明することが多い。また、関東と関西では「つる」のアクセントが全く逆になる(一般に関東では「つるべ」、関西では「つるべ」となる)ため、「つるべ」の関東読みに違和感を覚える関西人も少なくない。

名前から兄弟子の笑福亭鶴光、眼鏡をかけた外見から桂文珍と間違えられることが多い。宝塚の女優から「笑福亭仁鶴瓶」宛てへの手紙が送られたこともある。

『笑っていいとも!』では標準語でしゃべるようにタモリから言われたが、全くしゃべれずにピーコに「30年外国に行って帰ってきた人みた~い」と言われてしまった。その際にタモリが「ドラマに出るときに標準語(をしゃべる人)の役(のオファー)こないの?」と聞かれた際に「大阪弁以外の役なんか一度もやったことない」と答えた。

それが発端となってかは知らないが、浦沢直樹原作の『Happy!』では似非アメリカ訛り、2007年1月から3月まで放送されていたテレビドラマ『華麗なる一族』では、原作の関係から標準語で演じていた。

自身の好物を番組で発言するも、オンエア翌日にその製造会社が自己破産した。

自身のラジオ番組であるヤングタウンの生放送があった日、前番組の阪神ナイター放送が大幅に延長したため飲酒してしまい、ほろ酔い気分で生放送に突入して月収が2700万円である事を暴露した。後日の放送では本当は2800万円あるが嘘のニッパチで嘘と思われるのが嫌で少なめに言ったと発言した。

2008年、56歳にしていきなり花粉症になる(弟子の笑福亭瓶成がKBS京都ラジオのレギュラー番組で発言)

[編集] 学生時代のエピソード

1961年頃、学校へ行く途中で近所のおじさんに連れられ、競馬場(すでに大阪市内の長居競馬場は廃止されていたため、岸和田市の春木競馬場と思われる)に行き、万馬券を的中させる(当時のお金で約40万円だったと本人は言っている)。払戻金はおじさんから そのまま、学少年の手に渡るも母親にバレてしまい、実家の建て増し資金になってしまった。この話をテレビ朝日の『徹子の部屋』で話したところ、母親にこっぴどく叱られたという。

1969年、頭のいい人間に対抗心を持っていた学少年は、受験していない京都大学や、大阪大学の入試の合格発表に行き、落ちてそうな生徒の隣で「あった!」と合格したフリをして、胴上げされるという悪戯をする。この時、大阪大学でNHKの取材を受け、模様が夕方のニュース番組で流れたため、それを見ていた親戚から祝電が届くなど両親に恥をかかせてしまう。

京都産業大学には、学長とジャンケンをして勝ったら入学させてやると言われ、見事ジャンケンで勝ち、入学する。大学では、教授が教室に入る際に出囃子を鳴らして笑いを取ったことがある。

清水國明、原田伸郎、後に結婚する玲子夫人とともに、あのねのねのメンバーでもあり、ヤマハのコンテストにも出場した(鶴瓶は踊るだけ)。この時玲子夫人が「ひょっこりひょうたん島」のテーマを歌っている。特に清水とは下宿で共同生活を送った時期もあった。あるトラブルから原田をトイレで殴って便器に顔を突っ込んだことがある。やがて、あのねのねがスターになり、鶴瓶の結婚式に二人が札束を持ってきたエピソードもよく語られる。

[編集] 入門・弟子入り

在学中に6代目笑福亭松鶴の楽屋に通いつめ入門を乞う。何度も断られるがようやく1972年2月14日に入門を許され弟子入り(当時は11番、現在は7番弟子)。

ある日、大学で落研に所属していた学青年が米朝一門の安井金比羅宮の落語会で松鶴の高座を聞きに行った時、松鶴は「あっ!」と言ったまま固まった後、「あの坊さんの(寺院での高座なので)頭見たらネタ忘れてもた。オチだけ言うて降りま」と言って本当にオチだけ言って2分ぐらいで降りたのを見て、エライ人やと思った。それが弟子入りのきっかけになったと後に語っている。

父は芸人になることに反対していたが、『親父さんを連れてこい』との師匠の意向もあり、騙して師匠の家に連れてきた。気づいた父は怒っていたが大人の対応をしたものの、父の不穏な空気に気づいていた学本人は『今日から(住み込みで)お願いします……』と切り出したが、『弟子になったら、親子ではなくなってしまう、今日のところはゆっくり水入らずで過ごしてきなさい』と師匠から強く言われてしまったため、父子で帰宅せざるを得なくなってしまった。松鶴宅の門を出たとたん、近くにあったゴミ箱のふた(木製)を振りかざした父親に追い掛け回され、最後にはそれで殴られてしまったという。

入門を許されて4日目のこと、来客の靴を預かる下足番を任された際に、いつも当たり前のように青田(無料、顔パスの意)で入場し横柄な態度で振舞う新聞記者に腹を据えかねて口頭でとがめたところ、「お前、辞めさせたるわ、ちょっと来い」と脅され松鶴の楽屋に連れて行かれる。しばらくの間新聞記者は松鶴に愛想を振りまいていたが、下足番の任務のためその場所にいてはいけない学がそばにいたため松鶴が学をたしなめると、学は一喝か最悪破門等の処分を覚悟してこの経緯を話した。すると松鶴は逆に新聞記者を「アホ!カス!去ね!(「いね」と呼ぶ。関西弁で「帰れ」を表す)」と罵倒し、「この子は将来、あんさんらが取材で世話になる子や!それに対して何をさらす(何をする)!」と言い放った。その男気に、鶴瓶はたまらなく感動したという(『鶴瓶上岡パペポTV』及び高田文夫編『ありがとう笑名人 第一集』での本人談)。学はその後、「鶴瓶」の名を与えられ、他の兄弟弟子同様、松鶴を「おやっさん」として慕い続ける。

[編集] 入門後

兄弟弟子の中では、鶴瓶は付き人として、師匠・松鶴と最も行動を共にしており非常に可愛がられた。『突然ガバチョ!』に限らずテレビ番組での共演は多い。

しかし、松鶴からは決して落語の稽古を付けられることはなかった。この理由として、落語の型にはめると大成しないと松鶴が判断したためと言う説もあるが、定かではない。兄弟子である笑福亭松枝のエッセイによると、鶴瓶は何度も稽古を付けて貰うよう直訴したが、松鶴の方が逃げ回っていたとのことである。

そんな松鶴によって、ある年高島屋大阪店ホール(現在はグランドホール)で行われた落語コンクールにエントリーされてしまった折は、入門前より、学校などで披露していた『いらちの愛宕参り』を覚え、その江戸版である「堀之内」(10代目桂文治の伸治時代のもの)の断片を交えつつ、古典落語なのにオートバイに乗った人物を登場させるなど適当にアレンジを加えて演じた(アレンジも入門前より行っていた)。なかなかにウケたのだが、審査員だった松鶴と香川登枝緒に「時代錯誤も甚だしい」「こいつのは落語やありまへん。落語(の稽古)をつけたこともありまへん」と酷評されてしまった(『ありがとう笑名人 第一集』より。この話には続きがあり、松鶴は会場を出る際に一転して「お前のが一番よかった」と鶴瓶を褒めている)。そのほかにも、高座にラジカセを持ち込み、笑いが欲しいシーンでスイッチを入れて笑い声を出し、客の笑いをあおるなど、当時としては斬新なアイデアを披露したりしたが、これも松鶴に楽屋でこっぴどく叱られてしまった(とはいえ、その松鶴も若手時代に高座でバレリーナに扮して(3代目桂米朝によれば、3代目桂米之助作の新作落語「白鳥の死」の口演のため)、先代から怒られたらしく、似たようなものといえる。この話は、直後にベテランのお茶子さんから教えてもらったといい、それでかなり気が楽になったようだ)。

入門当時には、小学六年生(当時12歳)の兄弟子・笑福亭手遊(おもちゃ、入門は1971年10月で廃業が1974年)がおり、入門順が序列となる落語界のしきたりに従い、彼に対しては「兄さん(にいさん)」と呼んでいた。その頃は子供がお笑いの世界でデビューする例が他にも見られ、そのような背景もあってか手遊もあまり気を遣うことなく鶴瓶に「兄弟子」として振る舞うことがあったという。

一時期、笠置シヅ子の隠し子であると振れ込んでいたことがある。当時すでに笠置は晩年で闘病生活に入っており、二人が会うことはなかったが、後にその病院の看護婦だった女性から、「笑福亭鶴瓶って子がおるやろ、あの子、私の隠し子なんよ」と笠置が言っていた、と教えられ、驚いたという。

また、ユリ・ゲラーをはじめとする超能力・エスパーブームの時期でもあり、『超能力がある』と言ってスプーン曲げをしていたこともある。しゃれのつもりで、スプーン曲げも力任せにやっていただけだが、上岡龍太郎の不興をかってしまった。鶴瓶は正直に事情を話し、上岡も笑って誤解を解いたが、相席していた新野新は相変わらず『この子のはほんまよ!』と力説していたと言う。鶴瓶と上岡はこれが縁で互いの楽屋を訪れるようになり、その鶴瓶の楽屋話が面白い、ということで『激突夜話』『パペポTV』へとつながっていった。

一時「東の萩本欽一、西の笑福亭鶴瓶」と言われた程、プロデューサー感覚に溢れた自作自演ぶりを発揮した事もあり、お笑いタレントとしての評価は高い。

[編集] 兄弟子

同門の兄弟子には笑福亭仁鶴や笑福亭鶴光、笑福亭福笑、6代目笑福亭松喬などがいる。また前述の笑福亭手遊の話を様々な場でネタにしている[1]。

[編集] タレント活動

初のレギュラー番組は東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』で、以降、近畿・中京地区でラジオ・テレビを中心に活躍。そのキャラクターゆえ、関西芸能界の先輩からも所属事務所を問わず可愛がられ、松竹芸能所属であるにもかかわらず桂三枝がメイン司会の吉本興業系列の番組に出演するなど、当時としては異例の存在であった(当時吉本と松竹は過去の遺恨が理由で強い対立関係にあった)。2001年にコカコーラとのタイアップで、日本テレビと吉本興業が組んで制作されたドラマ『明日があるさ』にも、鶴瓶が松竹芸能からただ一人ゲスト出演するなど(第11話)、所属事務所の垣根という面においては別格の存在であることは現在においても変わりが無い。ちなみに現在も所属事務所や若手、ベテランに関係なく芸能人同士の交友が深い。その後東京へも進出を図る。

1990年代中頃から現在のヘアースタイルは短髪(前頭部の生え際がやや後退しM字型)だが、1981年頃まではアフロヘアー(本人の弁によれば、入門前から)だった。また、若手時代はアフロヘアーと並んでオーバーオール姿がトレードマークとなっていた。

1975年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の番組生放送中に、チンチンを露出(詳細は下記を参照)。この結果、同局から無期限の出入り禁止とされたため、東京進出は失敗に終わる(当時同番組のADであったスタッフが、現在のテレビ東京の社長となっている)。

1982年から4年間つづいた毎日放送の『突然ガバチョ!』の司会で再び脚光を浴び、毎日放送のキー局であるTBSでも遅れネットで放送が開始されるも、関東では人気不振の為、わずか4カ月で打ち切りとなった。『突然~』が関西以外の地方でもネットされたのがきっかけで、1986年に東京へ再進出。だが、出演番組が早々と打ち切られることも多く、当時の週刊誌にも「再び東京進出失敗か」と叩かれた。しかし、ビートたけしは「この男を大阪に帰らせてはいけない」と鶴瓶を東京に留まらせたという。(※)後にテレビ番組『鶴瓶上岡パペポTV』(よみうりテレビ)が全国放送化されて以降は、トークの面白さが見直され、全国区の人気を得るようになった。ちなみに、パペポTVでは局部は出さなかったが、臀部は出したことがある。また、モザイク入りではあるが、2人が下半身を露出した番組ポスターも局が作成している。このときのコピーは「見てるあんたも同罪じゃ」。とかくテレビでは裸や露出にまつわる放送事故の多い人物でもある。

(※TBS系列の『世界No.1クイズ』が裏番組の『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に太刀打ちできず打ち切りになった時、面識はなかったものの鶴瓶の才能を認めていたビートたけしが、『世界No.1クイズ』を制作していたイーストの重役に対して「このまま大阪に返したら、イーストは笑われるぞ」と鶴瓶をバックアップするように言った。この事は後に鶴瓶自身がいろもんの中で語っており「それ以来たけし兄さんには頭が上がらない」との事である。なおテレビ朝日系で『歌謡びんびんハウス』については8年間放送されており、すべての番組が早々に打ち切られたわけではない。また、当時の『歌謡びんびんハウス』のスタッフによって『鶴瓶噺』や『朝まで生つるべ』、『朝まで歌つるべ』が企画・制作されている)

長く芸能界で活躍し、笑福亭笑瓶、笑福亭晃瓶を始めとした、多くの弟子も抱える大御所であるにもかかわらず、テレビなどでは積極的に若手の芸人達と共演し続けている。深夜番組も精力的にこなし、仕事を選ばないその低姿勢な芸風は、芸能界において貴重な存在である。

また時折テレビドラマにも出演し、普段のキャラクターとは違った独特の渋味と重厚感のある演技も見せる。

人情味のある雰囲気と容赦ない笑いの追及を両者あわせもち、トークの話術と天然っぷりという両面性をもつ稀有な芸人で、そのせいか保守的な大御所からも急進的な若手からも認められ慕われている。政治家から素人にいたるまで幅広く交流がある。人の懐に入る術に長けているのである。

ある年、明石家さんまから届いた年賀状に銀はがしがかけられており、剥がしてみたところ、「鶴瓶兄さんから2,000円もらえる」と書かれていた。その後、あらゆる人物(先輩・後輩、共演・非共演問わず)から「2,000円ちょうだい」と殺到されて困ったという。

あのねのねの当初のメンバーであった事や、ラジオのパーソナリティを長くやっていたことから、フォークソングに対する造詣も深く、『鶴瓶噺』や『朝まで生つるべ』、『朝まで歌つるべ』(テレビ朝日)などで、フォークソングを絡めている。

1994年に放送された『ラスタとんねるず'94』(「フジテレビ)のカジノゲームに出演した際に事件を起こしている。最初は、負けたときの視聴者プレゼントにその時持っていた巨大三笠焼きをいきなり一口かじり、そのかじりかけの三笠焼きをプレゼントとした。その後、コインをベットした際に、モニターに座っていた木梨憲武に気づくと、「そこ座んなやー!」と木梨のお尻を叩いている。そして、最後のベットでまたもモニターに座っている木梨を発見すると、「そこ座んなやー!」とまたも木梨の尻を叩き、今度はベットした自分のコインを「うわー!!」と絶叫しながら、撒き散らす暴挙に出る。しかも、そこに居合わせた石橋貴明も「うわー!!」と絶叫しながら、鶴瓶以外のコイン全部(約500枚程)を撒き散らし、収録が一時中断するハプニングが起きている。

家族は、玲子夫人、長女(章子)、長男(太郎)、ペットは犬を飼っている。『鶴瓶上岡パペポTV』では上岡龍太郎から家族をイジられることが多かった。 長女のことを宗教法人の教祖(当時)扱いして「しょうこー」と言ったり、長男のことに至ってはペットの犬扱いで「(口笛を吹いたら)寄ってくる」的に表現したため、鶴瓶本人は「ボクのことはナンボ言うてもエエけど、家族とかそういうことに傷をつけないで下さい」と、控えめに反論したが、そこには芸人特有のウケていることへの複雑な感情が込められていた。ペットの「アップル」ちゃんには同時に生まれた兄弟がおり、長男と長女が「アップル」「イップル」「チップル」と名付けたが、その頭文字をつなげると「ア・イ・チ」になることから、「愛知県と何か関係があるの?」と上岡龍太郎に突っ込まれた。なお、この「アップル」ちゃんの親は「コタロー」といい、鶴瓶が近所にいた2匹の野良犬を飼い始め、名前を近くの薬局の「小太郎の漢方薬」の看板にちなんで「コタロー」「カンポウ」と名づけた。この話をパペポTVでしたところ、小太郎漢方から薬局経由で菓子折りが届いた。

本人は鯖アレルギー(正確には鯖の寄生虫であるアニサキスアレルギー)。

芸人同士での愛称は「鶴瓶師匠」、「鶴瓶兄さん」(明石家さんまや島田紳助など鶴瓶よりも後輩の落語家またはタレントが使用する。)、「べー師匠」もしくは「べーさん」(ココリコなどが使用する)、鶴瓶(角淳一などの悪友)などなど多岐にわたる。また親交が深いさだまさしは、わざと「つるべえ」と呼ぶこともある。所ジョージは以前、「しょうふくていつるびんさん」と、親しみを込め、冗談混じりで呼んでいた事がある。

さんまの携帯電話の電話帳には鶴瓶は「悪べぇ」と登録されている。たまに、レギュラー番組などで批判と称し使っている。

ナイナイ岡村曰く、上記の「悪べぇ」の由来は『めちゃ²イケてるッ!』と鶴瓶が出演していた番組の収録スタジオが隣同士であり、そこへ鶴瓶が訪れ、『めちゃイケ』出演者用のカレーライスを食べてしまい、金で解決しようとしたところから当時の岡村は「この人はものすごく悪い人や」と思ったことからであり、『ナインティナインのオールナイトニッポン』の人気コーナー「悪い人の夢」はこの出来事がきっかけで作られたコーナーである。

『笑っていいとも!』木曜日に1987年から出演し、木曜『いいとも』の顔的存在となっている(曜日移動なし)。「辞めたい」と言ったこともあるが、タモリに慰留され現在に至っている。なお、辞めたいとした理由は、明石家さんまの降板と「おもろい若手が沢山出てきて、自分のような古株はいらんと思うようになったから」であり、タモリに原因があるわけではない。むしろ、タモリの笑いに対する意識の高さを人一倍知っており、彼を「テレビの師匠」と仰ぎ、尊敬している。「『いいとも』を辞めたい」と言ったとき、タモリに「こういう場に出続けてるってことは、あんたにとって大事なんだよ」と言われ、当初は意味が分からず「(年末恒例の)『特大号』にだけは出演しない」という交換条件付きでしぶしぶ残留したが、近年になって、定期的にタモリのような芸人と会うことや、若手などと生放送の場で絡むことの意義を感じ、「その意味がようやく分かった」と自身のラジオ番組内で語っている。これに関してタモリに対し、「あんた、何で(あの時に)そんなこと(=鶴瓶にとってそれが大事だということ)分かったの?」と感謝の意ともとれる疑問を投げかけている。また、その答えは、長年の生バラエティの司会で培われた、タモリにしかできない予見であったとしている。

外来語や横文字の言葉に弱く、ブルース・ウィリスを「ブゥルース・ウィルス」、ロシアを「ロシヤ」(最近は英語表記に基づく「ロシア」が主流であるが、ロシア語での発音は「ロシヤ」に近く、間違いというわけでもない)、チャンピオンを「チャンピョン」と書いたこともある。カタカナの言葉をしゃべらせると噛んでしまうことも多い。また、「派出所」を「はつしゅしょ」または「はしゅしゅしょ」、「違和感」を「ゆわかん」としか言うことができないなど、滑舌の面でやや噛んでしまうこともある。

『パペポTV』の直接の後番組で、番組をリードする立場になった『最後の晩餐』時代は鶴瓶を困らそうとするキダ・タローとしょっちゅう言い争いをし、(これは内弟子時代に、キダ・タローから嫌われていた=朝日放送のビルの上から植木鉢を落としたことに由来するが、かつて『鶴瓶上岡パペポTV』では、「植木鉢ちゃう、牛乳瓶や」と鶴瓶が言っていたことがある) また中島らもの番組内での行動や言動に非常に危険なものが多かったため、いつもらもを注意したり引っ張ったりし、(他に浜村淳、松竹芸能の若手枠)アクの強い先輩タレントをなんとかコントロールしていた。

現在の鶴瓶の立場から複数のタレントをコントロールする番組を持たされることが増えているものの、生来の人の良さから、先輩やアクの強いタレントを相手にしたときは鶴瓶の意思を越えて引っ掻き回されてしまうことが多い。ただし、型どおりを嫌う性格から鶴瓶自身もそれを許容している。実際は、少人数によるフリートークのときが最も彼が安定し、面白さが引き出されるスタイルである。

50歳を過ぎてから、『笑っていいとも!』のクイズなどで友人の芸能人(城咲仁など)の人物はわかるが名前が出てこなくなっている(共演するおすぎも同様)。

2007年の第58回NHK紅白歌合戦の白組司会を務める。鶴瓶が紅白に出演するのは今回が初めて。紅組司会は『ザ!世界仰天ニュース』にて共に司会を務めているSMAPのリーダー中居正広。

[編集] 落語への回帰

2002年9月、江戸落語の春風亭小朝との二人会で『子別れ(子は鎹)』(落語を本格的に始めるにあたって4代目桂文紅にじきじき『子別れ』を稽古を付けてもらった)を演じた事を機に、落語への回帰を強めている。2003年には小朝、林家こぶ平(現:9代目林家正蔵)らと落語の「六人の会」を結成。また同年5月に「上方落語協会」理事に就任している(現在は同協会の広報委員長を務める)。

良くも悪くも上方落語の噺家のクセが抜け切れず、それが鶴瓶の魅力ともなっている。しゃべりの無類の面白さや、独特の飄々とした存在感で、広く親しまれている。自身の身の回りで起こった日常の話題を面白おかしく話すスタイルは「鶴瓶噺」(つるべばなし)と呼ばれ、独自のジャンルを構築し(年1回5日間、青山円形劇場にて「鶴瓶噺」を開催している~2007年。2008年からは会場が世田谷パブリックシアターに変更された)、2000年には上方お笑い大賞を受賞した。もともと、三題噺などは得意としている。

現時点での「落語家・鶴瓶」に対する評価は概ね好意的であるが、前述の通り、師・6代目松鶴から落語の噺の稽古をつけてもらえなかったこともあり、古典についてはせいぜい並で、創作の「長屋の傘」「青木先生」(南原清隆はこれを「私落語(わたくしらくご)」と命名)についても「鶴瓶噺を落語化した程度」などといわれるなど、批判的な意見も一部にはある(逆説として、口に新しいと書く「噺家」としての力量を認めていたから、古典にこだわる必要がない、と判断されたから、との説もある)。

しかし多忙なタレント活動の合間を縫って「鶴瓶噺」、「笑福亭鶴瓶落語会」などの独演会を展開する他、六人の会が主催する「東西落語研鑚会」にも参加。大阪・帝塚山の6代目松鶴旧宅で行われる演芸イベント「帝塚山・無学の会」を主宰するなど、精力的に落語に取り組んでいる。古典落語にも「東西落語研鑚会」で「鴻池の犬」「らくだ」などに挑戦している。特に2004年の東西落語研鑚会で口演し、好評を得た「らくだ」は松鶴の十八番(おはこ)であり、松鶴門下では直々に稽古を付けられていた6代目笑福亭松喬しか、舞台での披露を許されていなかった題目である。

鶴瓶の最近の落語への取り組みは、弟子(ほとんどが落語をしない頃の鶴瓶に弟子入りを志願していたことで、落語家に弟子入りした感覚がない)に対する影響が少なくない。例えば筆頭弟子の笑福亭笑瓶は新作作りや古典の改作に取り組み、笑福亭純瓶は怪談噺に力を入れ、笑福亭銀瓶は韓国語落語を打ち立てた。2007年3月には、銀瓶以降の6人の弟子が「シックスセンス☆六瓶の会」と題した落語会を大阪で開いている。

テレビドラマ『タイガー&ドラゴン』では元上方落語の天才だったヤクザの組長という役を演じ、少しだけ落語を演じている。鶴瓶はこのドラマを最初単発ドラマだからと言われ引き受けたものの、連続ドラマになりこのような役柄になってしまったことに驚いていたことを告白した。

2004年より年に1回、桂南光と桂文珍との落語会「夢の三競演 三枚看板 大看板 金看板」を開催。落語会としては異例の6,000円を超える料金も話題となる。チケットは、過去3回共完売。

その他この3人は、2005年から「文珍南光鶴瓶+1 しごきの会」と題して、年に数回baseよしもと(現在は天満天神繁昌亭)で若手落語家育成の為の会も開いている。過去この「しごきの会」において、それぞれ弟子を抱える3人の中だが、鶴瓶の弟子だけが3人の中で弟子の人数が1 番多いにも関わらず、1人も会に参加しなかった事があり、この事に鶴瓶は憤慨。「お前ら、誰に食わせて貰ってんねん!俺は(師匠の六代目)松鶴に食わせて貰ってる。俺は、恥ずかしいわ!」と自らの弟子に向かって怒鳴ったとTV番組の中で語っていた。

[編集] 帝塚山・無学

「帝塚山・無学」は、師匠六代目松鶴の旧自邸を鶴瓶が改築した純和風ホール。月1回「無学の会」を開催し、一般にも公開している。毎回ゲストを招いているが、前もってゲストの名前を発表される事は無く、毎回シークレットになっている。今までのゲストにタモリ、明石家さんま、木梨憲武、イッセー尾形、 桂米朝、桂春団治ら豪華な顔ぶれを迎えている。

場所:南海電気鉄道南海本線粉浜駅 東へ徒歩約5分

[編集] つるべ、らくごのお稽古

帝塚山・無学と下北沢Live bar 440にて定期的に稽古会を行なっている(料金は後払い制で客の志納)。

[編集] 演目

古典落語
子は鎹、鴻池の犬、らくだ、愛宕山、立ち切れ線香、厩火事、堪忍袋、宮戸川、二人癖、粗忽長屋、所帯念仏、へっつい幽霊、化物使い、打飼盗人、いらちの愛宕詣り、大安売、鶴瓶版 死神
私落語
長屋の傘、青木先生、ALWAYS-お母ちゃんの笑顔- 、青春グラフィティ松岡、Mr,ドリーマー、春雷、回覧板
創作落語(桂三枝からネタを譲り受けたもの)
湯けむり、悲しみよありがとう

[編集] 逸話

[編集] 裸の逸話

何かと裸にまつわるエピソードの多い人物である。以下代表的な事例を挙げる。

* 兄弟子である笑福亭松枝のエッセイによると、内弟子時代の鶴瓶が履いていたジーンズには、ポケットに穴が開いていて、電車に乗った際、前の席に美人が乗ると、その穴から手を突っ込んでオナニーをしていたという。また、笑福亭一門が集まる宴会では、常に裸踊りを披露していた。
* 1975年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の「独占!男の時間」(生放送)で男性器を露出し、何とカメラに男性器を押し付け、さらに社長の大事にしていた鯉を踏み殺すという暴挙を働き、大事件となった。これは担当ディレクターの傲慢な態度に反発しての行動であった。司会の山城新伍の計らいで1977年3月26日に放送された最終回にも出演したが、そこでさらに肛門を見せる暴挙に出た。事件を重く見た東京12チャンネルは、鶴瓶を無期限の出入禁止とした。この処分は2003年、系列のテレビ大阪制作、『きらきらアフロ』の東京収録により、28年ぶりに解禁された。
* 初期の『ヤングタウン』担当時、鶴瓶はスタジオに現れると、全裸になってからハガキの選定作業に入るのが常だった。1976年、放送禁止用語を連発し2ヶ月ほど謹慎処分になったこともある。また中森明菜をゲストに迎えるにあたり、鶴瓶自身の提案で、鶴瓶はおろかディレクターなどスタッフ全員が全裸で中森の入りを待ったことがある。なお先に入ったマネージャーたちの反応で悟ったのか、中森は全員がパンツをはくまでスタジオに入ろうとしなかったといわれる。
* 1988年、当時全国ネットになって間もない頃の『鶴瓶上岡パペポTV』(読売テレビ)のオープニングで、鶴瓶が高校時代に朝礼台の前に整列し拍手している生徒たちの前で、朝礼台に立ってズボンとパンツを一気にを降ろし、生の尻を見せた瞬間一斉に拍手が止む、といった芸を披露していたと話した。その直後、上岡に「ほな、今ここでやってみい、で(鶴瓶が)ケツ出したら(拍手を)止めるねんで」とそそのかし、2分ほど躊躇・抵抗するものの、とうとう舞台の上でお尻を丸出しにしてしまった。
* 1997年11月にテレビ朝日の27時間チャレンジテレビの企画内で鶴瓶が泥酔し、その後パンツを脱ごうとするなどの暴走行為に走る。ビートたけしも悪ノリした為、今田耕司、東野幸治などが止めに入るなど番組は終始混乱した。詳しくはブリーフ4参照
* 2002年の27時間テレビの深夜コーナー「さんま・中居の今夜も眠れない」内のココリコと鶴瓶の山形・飛島中継で、深夜に酒を飲んで泥酔していた鶴瓶が尻を丸出しにして寝ている姿が全国に放送された。無理矢理起こされた鶴瓶は突然、「若手時代のさんま駆け落ち事件」を暴露してしまい、鼻水を垂らして笑うなど、見るに耐えない状況が放送される(さんまなどに“史上最悪の中継だ”と言われる羽目に。しかし翌年、更に最悪な事件が起こる)。
* 2003年の27時間テレビに出演した際、前年、酒を飲んで泥酔、さんまの昔話などを暴露するなどの失態を犯した鶴瓶だが、オープニングでは「絶対に酒を飲みません」と公言したにもかかわらず(飛島中継)、次の中継では既に村長と酒盛りをしていた。夜10時には「居酒屋つるべ」をオープンさせ、隣に座ったおばあちゃんの胸を揉んだり、放送禁止用語を叫ぶなど連発した。ドラム缶の風呂に入るシーンでは、男性器がカメラに映りそうになるなど、既に「前代未聞の失態」の予兆はあった。その後「さんま・中居の今夜も眠れない」の中継で、鶴瓶が生放送中にも関わらず泥酔しており、中居が呼んだ途端に起き上がった瞬間に男性器を露出してしまう。一緒にいたココリコの遠藤章造やスタッフが座布団等でフォローをしていたが、結局手遅れであった。又、同コーナーの終了後には高島彩アナウンサーが「お見苦しい点があった事をお詫び申し上げます」と謝罪する。しかし、全般的に低調だったこの年の27時間テレビで、唯一盛り上がったのもこの事件であった(後日、鶴瓶はフジテレビに謝罪をした)。
* 2003年12月18日放送のナインティナインのオールナイトニッポンにゲスト出演。この日の放送は、この年鶴瓶が27時間テレビで男性器を露出したことを受けて、鶴瓶はどうやったら男性器を出すのか、今年2回目の露出はあるのかを検証する為、鶴瓶には内緒で様々なことを試みてみるという内容だった。スタジオの温度を上げ、足元には脱衣籠を用意するなどし、最終的に岡村が脱ぎだすと鶴瓶はあっさりと全裸になった。ラジオとはいえども、 1年に2回も生放送で局部を出すという前人未踏の離れ業を見せる。この時、マイクのスポンジを男性器に被せて装着したり、尻の穴に入れたり、椅子に排泄をするなどし、ナイナイの二人を終始爆笑させた。この時の様子は、岡村が笑いながらもリスナーに状況を説明していたが、鶴瓶は断固として「こいつらが脱いでるように言うてるだけ」「俺を陥れようとしている!」と言い張っていた。
* 2005年6月11日に、テレビ朝日で放送された「くりぃむ・ロンブーと共演の『ゆく年くる年への道』の番組中で、2003年の27時間テレビでの失態について、寝ぼけながらも明石家さんまの声が聞こえたため、笑わそうとして、分別が付かず、脱いでしまったと明らかにした。
* 2005年の27時間テレビで、メイン司会という立場ながら、冒頭企画で嫌いな鯖寿司を食べさせられそうになり、その後都内を逃走し、挙句の果てにはTBSにまでも逃げ、最後はココリコにフジテレビに連れ戻された。これはもちろん番組演出で、その模様は随時中継された。番組のラストでは全身金粉パンツ一丁姿で、この年ライブドアによるニッポン放送・フジテレビ買収騒動を受け、本来のテレビのあり方や出演者やスタッフに感謝のコメントを述べ、青木さやか・高島彩までもを号泣させた。
o なお、買収騒動の当事者であったニッポン放送の社員である上柳昌彦アナウンサーは、この様子を横浜駅のプラットホームにてテレビ音声が聞ける携帯ラジオで聞いており、この話に感動してすぐさま鶴瓶に泣きながら電話を入れたという。ところが翌日、鶴瓶が全身金粉パンツ一丁姿で出演していたことをスタッフから聞かされ、上柳はいまだにこの様子を見ていない。
* 2006年10月9日の『鶴瓶の家族に乾杯』で、西川きよしにそそのかされて、琵琶湖で泳がされる。このとき「僕はテレビの前で裸になることは本当にやめようと心に誓ったんですよ!」と言っていたが、最終的にはパンツ1枚になって水に入る。同じく裸で琵琶湖に飛び込んだきよしが着替える際には、先輩芸人に逆らうわけにもいかず仕方なくきよしの前に立たされ、「芸能生活の中でモザイク(役を)やったん初めてです」と嘆いた。またこの放送では、地元の人ときよしの勧めを断れず、においの強いことで有名な鮒寿司を無理矢理口にした。本人は「(意外と味が)おかしくない」と話したが、二度目以降は口にしなかった。もともとかなりの「えずき症(おえっとなりやすい)」であると公言しており、以前には川魚の生臭さは耐えられないとの発言もあったほどで、鯖寿司嫌いとは別の意味で相当な忍耐を強いられたものと思われる。
* 2007年1月2日放送の『鶴瓶・実は丸々一年ず~っとロケしてたんやで正月スペシャル』(関西テレビ)で、忘年会の席で若手とネタで共演するコーナーに出演したときのこと。酒がかなり進み、ほとんど泥酔状態のまま長州小力との即興コンビを組み、小力と同じ格好で舞台に立った鶴瓶であったが、海パンから股間の一部がはみ出していた。仕切りなおしで再度登場したが、今度は踊っている最中に失禁してしまった。
* 2007年6月29日放送の『きらきらアフロ』で、鶴瓶がトーク中に体を反ったときにパンツが観客に見えてしまう。その後別の話題をしていたとき、今度はズボンがずり落ち、パンツ丸出し状態になる。慌てて履き直したもののスタジオは騒然(というより、笑いの渦に)。そのときの鶴瓶の表情はどことなく何かをやり遂げたかのような表情にも見えた。ざわつきが収まらない中、「静かにせぇ!」と叫ぶ。そしてその後スタジオ裏にはけてマネージャーにズボンのチェックをしてもらい、「忘れてください」と言って進行を再開した。

* 『鶴瓶・上岡パペポTV』で客席に肛門の穴を見せた事がある。上岡龍太郎が客席を煽って盛り上げ、「鶴瓶がケツを出したら皆(拍手を)止めるんやで」と無茶ブリをした。仕方無く鶴瓶は尻を出したが、勢いあまって肛門まで見せてしまい、女性客が悲鳴を上げ会場は騒然となった。

* 大阪のIMPホールで行われていた月刊つるべというイベントで「俺は男性器から空気を出せる」と言い、男性器の先をつまんだ状態でオシッコをした。一見、先が膨らんで空気が出ているように見えたが、実際は排泄物がたまっているだけであり、辺りに排泄物が飛び散って女性客が悲鳴を上げた。

* 大阪ローカルの番組突然ガバチョ!の本番で下半身を露出した事がある。また、MBSラジオ「ヤングタウン」の放送中(1987年10月)大便をした。

これらの逸話から露出狂と思われることが多いが、それについては著書で「僕は世にいう露出狂などでは、断じてない。…(中略)…僕の場合は、決して快感のためにやっているわけではないからだ」と述べて否定する一方、「ただ、快感を得るためにではないにしろ、例の部分を露出することに、さして抵抗を感じていないことだけは、事実かもしれない」とも語っている[2]。なお、2007年8月の『週刊文春』の対談記事で家庭では全裸で過ごしていることを明かした[3]。

[編集] その他逸話
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* 極貧の頃、やしきたかじんとつるんでよく遊んでいた。お金もなく空腹に耐えかねたとき、飲食店が外に出していた残飯をあさる浮浪者を見かけた。たかじんが分けてもらおうと「おっちゃん、うまそうやな」と声をかけると、「兄ちゃん、素人が手ぇ出したら腹壊すでぇ」と返された(2007年11月5日のたかじんのそこまで言って委員会で、たかじんが語っていた)。
* あのねのねと3人で京都の街中を全裸で走り回ったことがあり、日本で最初のストリーキングは自分たちだと、鶴瓶上岡パペポTVで語っていた(どこまで本当の話かは不明)。
* 下積み時代、余興を企画したイベント会社社長の、若手芸人をバカにするぞんざいな態度が気に入らず、出演せずに劇場を後にしたことがある。一年半後、スターとなった鶴瓶に同じ企画会社から仕事が入ったが「売れていない弱い立場の芸人には平気で高飛車に命令をしておいて、少し売れてくるとたちまち態度を変える…僕はそんな方と一緒にしたくないんです」と直接言って仕事を断っている。[2]
* 「フォークとロックの会」というライブイベントの司会をしたとき、ロックバンドのベーシストから「俺は、お前が嫌いや。嫌いやねん」と言われたことに激昂し、ベーシストを鼻血が出るまでマイクで殴り続けたことがある。これは、その侮辱的な発言はもちろん、同バンドのギタリストのチューニングが遅れたため急遽繋ぎのトークを行ったのにも拘らず、謝るどころか鶴瓶の質問を無視し続けたその態度が気に入らなかったためである。なお、後日談としてこのベーシストと偶然再会して話す機会があり、「心のなかの汚点が、スッと洗い流されるような、さわやかな気持ちに、しばしひたったものだった」と述べている。[2]
* 芸人同士の飲み会でそそのかされ、全裸で店外に出た途端鍵を閉められ、約1時間半もの間全裸のまま屋外へ放り出されたことがある。また、局部に蛍光塗料を塗って暗闇の中を走り回ったり、全裸に脱ぎかけのワイシャツ1枚で袖の部分だけ引っかかっている状態で踊る、陰部をガムテープで張ったりはがしたりする、など、宴会においても露出狂じみた芸を披露していることを本人自身が語っていた。
* 桂南光(当時・桂べかこ)と二人で交番の壁に向かって小便をしているところを警官に見つかり、取調べを受けたことがある。その際に二人とも本名ではなく芸名を名乗ったため、警官からさらに怒られた。
* 体は大きいが眼鏡を掛けているので、けんかが弱いと思われよく吹っかけられたが逆にやっつけたと鶴瓶噺でも伺える。
* ラジオ番組『ミッドナイト東海』に出演していたとき、東海ラジオ放送の食堂でアルバイトをしていた当時無名の漫画家・鳥山明と顔見知りになった。その縁で『Dr.スランプ』単行本第1巻に鶴瓶が登場している(2006年2月21日放送『鶴の間』で発言)。
* 1993年、『どちら様も!!笑ってヨロシク』の収録中に居眠りをしたことがある。このことが原因で鶴瓶は一時降板の処分となり、番組が1時間枠に拡大するまでの約1年間、出演が許されなかった。
* ある番組の生放送で、ナインティナインの岡村がタモリに(悪意はなかったものの)喧嘩を売るように聞こえるツッコミを入れ、タモリが思わず怒ってしまった時、一触即発の空気をいち早く察した鶴瓶は、突如「わぁ~!」と奇声を上げ両手を振り回しながら二人の間に割り込み、その場を収めた。
* そのナインティナインからは、ハプニングに見せかけ確信犯的に笑いを取ろうとする事や、若手芸人からいじられることで自分に利益があると思っている事などを指摘され、「悪瓶」(悪い鶴瓶)とよく呼ばれている。また、眼鏡の奥の目が笑っていないなどともよく言われる。
* 6代目松鶴の死後、笑福亭梅香(ばいか)を襲名させる計画があった。初代桂文枝(正確には桂梅香)、2代目曽呂利新左衛門の前座名という由緒名であるが、名前が自分に似合っていないという事から辞退している(上方のイントネーションで「うめこ、うめこ」と読むと卑猥に聞こえて格好が悪い、というトークネタもある)。
* 「夢の三競演 三枚看板 大看板 金看板」で南光、桂文珍に薦められ、6代目松鶴こそ演じていないが笑福亭に由緒のあるネタ「たち切れ線香」 を口演する事になった。その稽古の為に文珍の弟弟子である桂かい枝が「たち切れ線香」が録画されたビデオテープを渡すはずが間違えてアダルトビデオが録画されたビデオテープを渡してしまった。
* 落語会を開く際、桂「南光」(なんこう)をブッキングするはずが、スタッフ等の手違いで講談の旭堂「南湖」(なんこ)をブッキングしてしまった。
* 鶴瓶の実の姉は、兄弟子である鶴光と同級生である。
* 飲んで眠ってしまった時に中居に眼鏡を盗まれ、2007年8月6日放送の『SMAP×SMAP』のBISTRO SMAP で鶴瓶が言うには、未だに中居から返してもらえていない。
* 「月収」は2700万円(MBSヤングタウン 2007年09月02日の放送より)。
* 初代笑福亭鶴瓶は昭和初期の人で、系図には「後に笑福亭をクビになり、アル中で死んだ」と記録されているという(パペポTV第322回より)。
* 2007年12月31日に行われたNHK紅白歌合戦に出演したSMAPの「弾丸ファイター」のことを「睾丸(こうがん)ファイター」と失言をした。
* 2007年12月31日に行われたNHK紅白歌合戦に出演したクールファイブ・宮本悦朗のツルツル頭を股間(こかん)で挟むパフォーマンスを披露。
* ハワイの別荘に教育上よくないDVD(洋モノ)が置いてある。鞄の後ろという話。
* 休暇はそのハワイの別荘で家族と共に過ごすが、常々別荘にある不信感を持っており。休暇する時期ではない時期に別荘を覗くと別荘を管理、維持するはずの人間の家族が勝手に住み着いており、くつろいでいた家族は鶴瓶の突然の訪問にパニックになった。
* 結婚間もないヒロミと入浴した際、鶴瓶が「これが伊代ちゃんの中に!」と叫ぶやヒロミの陰茎を咥えこんだ。
* 間寛平と入浴した際、「ちんちんから空気出る」と鶴瓶が言い出し包皮を指でつまんだまま放尿。みるみる膨張する包皮をみた間寛平は「うわ!ほんまや!空気出とる!」と驚き股間に顔を近づけたところで限界、間寛平の顔に小便をかける。その件からしばらく鶴瓶に会う度「小便や、小便」と間寛平から指で指される
* 2007年の紅白歌合戦の舞台裏でリア・ディゾンに消え入るような声で「コタロー」と呼ばれた。これに鶴瓶が「何でコタローなの?」と聞くとリアは「好きな名前」と答えた。(これはおそらくリアが「鶴瓶」と言いにくかったのではと、鶴瓶がラジオ「MBSヤングタウン」の中でコメント。ちなみに鶴瓶のペットの「アップル」の親の名前が「コタロー」だった)。
* 村崎太郎・栗原美和子夫妻の結婚式で祝辞を述べたが、大失敗した。その際に、陣内智則・藤原紀香夫妻の結婚式で祝辞がうまくいかなかった舘ひろしから慰められていた。