ソシュール

ブログからのネタの種

ETV特集『吉本隆明語る』再放送を見
えば、やはり枝や葉よりも幹や根のほうが、よりしっかりしていなければなりません。僕は、これを聞いて、ソシュールのラングとパロールを連想したのですが、パロールが意思を伝える発話行為を指すものの、ラングが言語の体系・コードを指す点
2010/03/19 02:34:52 [ムイブランクのブログ「ムイの間」]
まいどのことながら…
毎度のことながら…投稿作を描く描くいいながら、だらけてきました。そこでですね、今度も自分のために叱咤激励日記でもUPしとこうかと思いまして。投稿作は100pを超えるかこえないかの勢いでして、締め切りは遠いといえ、 そろそろ危な
2010/03/19 01:35:03 [ソ シュール 【イラストブログ】]
イメージの連鎖(本番)
「シニフィアン連鎖」のひとつなのだ。つまり「似たイメージ」に反応することは、イメージを「記号」として捉えることと同意なのだ。ソシュールによると、言葉(シーニュ)は記号表現(シニフィアン)と意味内容(シニフィエ)の結びつきなのだが、「イメージ」は記号表現として認識さ
2010/03/18 07:21:02 [非人称芸術研究室・糸崎公朗ブログ3]
倫理社会の教科書を読んでみる
として、ギリシャ・ローマ時代や、 キリスト教思想、仏教思想などのことを やったことはおぼろげながらあります。最新の教科書を見ると、 ソシュールだとか、構造主義だとか、 ウィトゲンシュタインだとかなんだとかetc.こんなことやったのか、私。つい最近知ったと思ってい
2010/03/17 23:49:19 [川崎ナヤミゴトナ〜イ日記]
[ELLO] ポッドキャストで言語学入門:「音声学
『ザ・プロフィール講座』で作成した プロフィール原稿を基に、蔭山先生に 添削をして頂きました。の変遷 [人名] [学問名] ソシュール: 言語学 ↓ フロイト: 内観療法 ↓ パブロフもちろん、言語学を学んだ基礎がないのに、いきなり大学院だから厳しいのは厳しいでしょ
2010/03/17 23:15:12 [言語学 講座]
『アヴァンギャルドの時代』
い間持続し続ける。マリネッティ しかしあらためて考えると、これはさほど驚くに当たらない。なぜならアヴァンギャルドはこの本の表紙にもある、ソシュールが言い放ったあの言葉__「シニフィアンとシニフィエに結びつけている絆は恣意的なものである」___言語と意味作用の切断、という
2010/03/17 21:15:50 [非人称芸術研究室・糸崎公朗ブログ3]
さんそくのわらじ
人間の脚は三本ありません。片足に一足ずつ履いて、三つ目を手の親指にひっかけるようにして、不器用に歩んでまいりましたが、やっぱり、従来の姿を目指し、手にもったわらじは脱ぎ捨てようと思います。実は自分は ストーリーテラーかつ絵描
2010/03/17 20:08:08 [ソ シュール 【イラストブログ】]
足立幸信さんとのやりとり 3 「意味」の機能
」を帯びます。それゆえに第四に、意味は「選び直し」を可能にします。■第一の「示差性」とは何か。これはソシュールの概念です。古典的には、同一的な事物(概念)に名前(音声)を割り振ったものが言語です。彼はそれを逆転し
2010/03/17 00:11:18 [数学屋のメガネ]
なんか騒々しいことになってますね
なんか騒々しいことになっていますね。「青少年有害社会環境対策基本法」という法律の成立の是非について。自分の周りの人は大いに興奮しております。ちばてつや氏や昭和の有名クリエイターらが抗議に出るほどのおおごとだったようですね。『表現の自由が阻害される』と
2010/03/16 23:26:30 [ソ シュール 【イラストブログ】]
〔言語学 講座 〕わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門
の形而上学講座においてなされた講義の準備用ノート、であるとのことです。「訳者あとがき」で指摘されている通り フェルディナン・ド・ソシュール『 一般言語学 第三回講義 』増補改訂版、小松英輔:編Dpro 主催の手話言語学入門講座(全10回)が開かれます
2010/03/16 22:06:55 [言語学 講座]

はてブ注目エントリーからのネタの種

商品ジャーナリズムで「消費社会」は描けない:日経ビジネスオンライン
自動車雑誌「NAVI(ナビ)」(二玄社)が2月26日発売の4月号で休刊する。“訃報”を最初に聞いたのはフリーライターの永江朗さんからだった。出版業界を取材先の1つにしている永江さんは、この種の休廃刊情報をいち早くキャッチする地獄耳の持ち主である。しかしNAVIの休刊に関してはご自身の仕事の関わりがあって編集部員から直接に聞いた話らしい。もちろん遠からずそんな日も来るだろうと思っていた。なにしろ一昨...
1970/01/01 00:00:00 []
商品ジャーナリズムで「消費社会」は描けない:日経ビジネスオンライン
自動車雑誌「NAVI(ナビ)」(二玄社)が2月26日発売の4月号で休刊する。“訃報”を最初に聞いたのはフリーライターの永江朗さんからだった。出版業界を取材先の1つにしている永江さんは、この種の休廃刊情報をいち早くキャッチする地獄耳の持ち主である。しかしNAVIの休刊に関してはご自身の仕事の関わりがあって編集部員から直接に聞いた話らしい。もちろん遠からずそんな日も来るだろうと思っていた。なにしろ一昨...
1970/01/01 00:00:00 []
大学生がよむ50冊:アルファルファモザイク
編集元:ニュース速報板より「大学生がよむ50冊」 1 立頓(dion軍) :2008/07/22(火) 20:31:40.97 ID:nOrmX4Al0 ?PLT(12000) ポイント特典 紀伊国屋書店:東海大シンポ「大学生がよむ50冊」コーナー好評--新宿本店 シンポジウム「大学生がよむ50冊」(東海大主催、毎日新聞社後援)で選ばれた名著を集めた特設コーナーが、東京・紀伊国屋書店新宿本店2階の...
1970/01/01 00:00:00 []
ロラン・バルト 喪の日記:みすず書房
「1978年8月18日 彼女が臥せっていて、そこで亡くなり、いまはわたしが寝起きをしている部屋のその場所。彼女のベッドの頭部をくっつけてあった壁に、イコンを置いた――信仰からではない――。そこのテーブルの上には、いつも花をかざってある。それゆえに、もう旅をしたくなくなっている。そこにいられるように、けっして花をしおれさせたりしないように、と。」 最愛の母アンリエットは1977年10月25日に亡くな...
1970/01/01 00:00:00 []
ニーチェとかマッハとかフッサールとか - Living, Loving, Thinking
池田信夫「マッハとニーチェ」http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51329795.html 木田元先生の『マッハとニーチェ』という本の書評。私はこの本は持っていないが、その内容は『大航海』連載時に粗方読んではいる。(木田先生ではなくて池田信夫の)内容は問題だらけ。いま私の書いているイノベーションについての本の出発点は、マッハである。彼の名前は、世間ではジ...
1970/01/01 00:00:00 []
マッハとニーチェ - 池田信夫 blog
2009年12月16日 13:58本科学/文化マッハとニーチェスパコンをめぐるドタバタで、行政刷新会議は討論会を開こうとしているが、文科省は既定方針どおりで強行突破をはかっている。こうなると、ゼネコンもITゼネコンも同じようなものだ。イノベーションにとって何が必要かを、当の科学者も理解していないのは憂鬱になる。 いま私の書いているイノベーションについての本の出発点は、マッハである。彼の名前は、世間...
1970/01/01 00:00:00 []
「漢字廃止運動」(メモ) - Living, Loving, Thinking
http://booklog.kinokuniya.co.jp/kato/archives/2009/11/_php_2.html(Via http://d.hatena.ne.jp/jiangmin-alt/20091204/1259855713) 加藤弘一氏曰く、 幕末から1980年代まで漢字廃止運動という妖怪が日本を跋扈していた。戦前は「我が国語文章界が、依然支那の下にへたばり付いて居るとは...
1970/01/01 00:00:00 []
†BLに関する仮説 | サンキュータツオ教授の優雅な生活
米粒写経HPサンキュータツオと居島一平のコンビ「米粒写経」。オフィス北野所属。アニメ会公式HP アニメ会公開秘密基地「オタク芸人トークユニット」アニメ会のホームページ。サンキュータツオもメンバーのひとり。東京ポッド許可局マキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオ、3人の文系芸人が行間を、裏を、未来を……読むラジオ。エンターテイメント(楽しい)とインタレスト(興味深い)を両立させた「おもしろい」があ...
1970/01/01 00:00:00 []
くそったれ、言わんこっちゃない:H.G.ウェルズ『解放された世界』:読書猿Classic: between / beyond readers
第一次世界大戦中(1914~1918)、ウェルズは世界初の「反原爆運動」を行ったが、広くは理解されなかった。なんとなれば、世界を破滅させる兵器の存在を知っていたのは、(小説「解放された世界」の中で)それを作ったウェルズただ一人だったし、だからそんな兵器はまだ世界に存在していなかったからだ。  それどころか、人々はまだその戦争が「世界大戦」であることすら確信がもてなかった。  それどころか、それが「...
1970/01/01 00:00:00 []
芦田宏直のホームページ
『書物の時間― ヘーゲル・フッサール・ハイデガー』(366頁:行路社・1989) 1.ヘーゲルと書物の時間 ― 序文の現象学 2.an ihm ということ ― ヘーゲルと隠喩 3.表現と意味 ― デリダのフッサール理解について 4.非性の存在論的根源について ― 『存在と時間』論 5.累積について1. 「人文系データベース(哲学DB)の現状と開発」 情報知識学会 1993年度 第1回研究報告会 1...
1970/01/01 00:00:00 []
白川静 漢字の世界観 - もろ式: 読書日記
読んだ。白川静 漢字の世界観 (平凡社新書)作者: 松岡正剛出版社/メーカー: 平凡社発売日: 2008/11/15メディア: 新書購入: 6人 クリック: 2回Amazon.co.jpで詳細を見るうーん、何だこれ? (^_^;; 売れてるの?煽り文句は「博覧強記の著者が“巨知”白川静に挑み、その見取り図を示した初の入門書」とのことであるが、梅原猛氏との対談『呪の思想』と、かなりかぶってるような気...
1970/01/01 00:00:00 []
訃報: 構造主義の大家 C.レヴィ=ストロース氏、逝去 - スラッシュドット・ジャパン
09/11/03/2310200story訃報: 構造主義の大家 C.レヴィ=ストロース氏、逝去reoによる2009年11月04日 10時00分の掲載未だに構造主義が理解できていません部門より。人生がカオスなので AC 曰く、 YOMIURI ONLINE の記事、asahi.com の記事などによれば、20 世紀に発展した現代思想の一つである構造主義を確立した社会人類学者クロード・レヴィ=ストロ...
1970/01/01 00:00:00 []
池田信夫 blog:クロード・レヴィ=ストロース
クロード・レヴィ=ストロースレヴィ=ストロースが、今日で100歳を迎えた。20世紀を代表する知性が1世紀を生き、しかも今でも執筆活動を続けている(今年も新刊が出た)のは驚異的だ。彼のライフワークは『神話論理』だが、質量ともに一般の読者むけの書物ではないので、代表作といえば本書だろう。私も本書に影響を受け、東大の文化人類学の大学院の試験を受けたことがある(論文試験まで通ったが、口頭試問で中根千枝と喧...
1970/01/01 00:00:00 []
人類学者レビストロース氏死去=構造主義の父−100歳(時事通信) - Yahoo!ニュース
【パリ時事】20世紀を代表するフランスの文化人類学者・思想家で、西洋中心型の近代的思考法を内側から批判する「構造主義」を発展させ、「悲しき熱帯」「野生の思考」などの著作で知られるクロード・レビストロース氏が10月30日死去した。100歳だった。家族に近い筋が3日、AFP通信に語った。 ブリュッセルでユダヤ系フランス人の画家の家に生まれ、パリ大学で法学と哲学を学んだ。1935〜39年サンパウロ大学に...
1970/01/01 00:00:00 []
時事ドットコム:人類学者レビストロース氏死去=構造主義の父−100歳
人類学者レビストロース氏死去=構造主義の父−100歳人類学者レビストロース氏死去=構造主義の父−100歳【パリ時事】20世紀を代表するフランスの文化人類学者・思想家で、西洋中心型の近代的思考法を内側から批判する「構造主義」を発展させ、「悲しき熱帯」「野生の思考」などの著作で知られるクロード・レビストロース氏が10月31日死去した。100歳だった。仏ラジオ局フランス・アンフォが3日伝えた。  ブリュ...
1970/01/01 00:00:00 []
asahi.com(朝日新聞社):「悲しき熱帯」レビストロース氏死去 「構造主義の父」 - おくやみ・訃報
【パリ=国末憲人】20世紀を代表する思想家で文化人類学者のクロード・レビストロース氏が死去したと、AFP通信が3日、出版社の情報として伝えた。100歳。今月28日には101歳の誕生日を迎えるはずだった。  同氏はパリ在住。メディアにはほとんど出ないが、健康で、旅行もしていたという。今年に入って一時健康を害したものの、頭脳の明敏さは相変わらずだったという。  昨年11月に同氏が100歳の誕生日を迎え...
1970/01/01 00:00:00 []
DIO「こんにちは、僕ディオえもん」前半:ハム速
DIO「こんにちは、僕ディオえもん」前半カテゴリDIO「こんにちは、僕ディオえもん」1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/13(火) 19:36:40.67 ID:1BezjMdC0 | 三_二 / ト⊥-((`⌒)、_i  | | 〉─_,. -‐='\ '‐<'´\/´、ヲ _/、 | |,.ノ_, '´,.-ニ三-_\ヽ 川 〉レ'>/ ノ 〈´//´| `'...
1970/01/01 00:00:00 []
linguistics.pdf
「言語学はいかなる学問なのか」という問いはどこまで正しいか(‘What in the world is theoretical linguistics as a discipline all about?’: Is this a viablequestion? )菅野盾樹(大阪大学)(Sugeno Tateki, Osaka University)1 20 世紀以降の<正統的言語学>が依拠する言語...
1970/01/01 00:00:00 []
一人で読めて大抵のことは載っている教科書(追記あり) 読書猿Classic: between / beyond readers
「思想」な人が、ソシュールとか読んできて言語学を語ったりするのはいい加減にしてもらいたい。あなたが読むべきはソシュールでもヤコブソンでも、ましてやチョムスキーでもなくて、フロムキンだろうが、という大変真っ当なご意見があった。ここでフロムキンというのは人の名前で、版を重ねる言語学の定番教科書を指している(「あかずきん」でそれをかぶっている少女を指すようなものだ)。  その分野では常識であることが、外...
1970/01/01 00:00:00 []
システム論に関心のある物理学科の学生が20世紀思想を知る為の二冊 - 2009-09-01 - 呂律 / a mode distinction
「物理学科の学生」一般ではなくて、「システム論に関心のある物理学科の学生」向け、か。 twitterにて、[ルーマンとあわせて]「フッサール-デリダの系譜とか,パーソンズとか勉強するべきですかね?」との問いに接する(■ ■)。私の回答要旨は、「個別の論者を さておいて、まずは 構造主義-と-サイバネティクス についての地図を持っておくのがよいのではないでしょうか」。 でまぁ──100冊推薦してよけ...
1970/01/01 00:00:00 []
ヨーロッパサッカー情報のスクランブル交差点「EURO FOOTBALL JUNCTION」
京都情報のスクランブル交差点「京都情報ジャンクション」

Wikipediaサマリーなネタの種

フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure, 1857年11月26日 - 1913年2月22日)はスイスの言語学者。言語哲学者。「近代言語学の祖」と呼ばれる。また、記号論にも大きな影響を与えた。後の構造主義はソシュールを契機にしているが、ソシュールの鬼子の位置にある。

彼自身の著書ではないが、晩年の1906年から1911年にかけて、計三回ジュネーヴ大学で行われた一般言語学についての講義を、後にその受講生らがまとめた書『一般言語学講義』[1]がある。

生涯

1857年11月26日、スイスのジュネーヴに生まれる。一家は16世紀にフランスから移住してきた名家で、物理学・生物学を中心に多くの学者を輩出して来た一家であった。

1870年からギリシャ語を学び、1873年にギムナジウムに入る。1876年にパリ言語学会に入会し、10代にして数々の発表を行って名声を高める。この頃、ライプツィヒに留学する。

1878年暮れ、論文『インド・ヨーロッパ語における原始的母音体系についての覚え書き』を発表する。これは、ヨーロッパ圏の諸語の研究から、それらの祖となった印欧祖語の母音体系を明らかにしようとしたものである。この論文において半ば数学的な導出によりソシュールが提出した喉頭音仮説が、後にヒッタイト語解読によって実証され、これが20世紀の印欧祖語研究に大きな影響を与えることになる。

1878年7月にベルリンを訪れ、1879年暮れまでそこに滞在する。1880年からは再びライプツィヒに戻り、2月に論文『サンスクリットにおける絶対属格の用法について』をライプツィヒ大学に提出して博士号を得る。

1880年秋からパリに滞在する。1881年、パリ大学でミシェル・ブレアルの講義を聴講し、才能を認められて同大学の「ゴート語および古代高地ドイツ語」の講師となる。そこで10年間に渡って教鞭をとった後、ジュネーヴに戻る。1906年、ジョセップ・ウェルトハイマーの後を受けて一般言語学について1906年-1907年、1908年-1909年、1910年-1911年の三度にわたって講義を行う。

20世紀に入ったころから彼にとって言語学は中心的な興味の対象ではなくなり、もっぱら『ニーベルンゲンの歌』の研究やアナグラムに取り組むようになる。1912年の夏に健康を害して療養に入り、1913年2月22日に死去した。55歳没。

[編集] ソシュールの言語理論

一般に、ソシュールは言語の共時的な構造を重視したことで知られる。すなわち、それまでのように言語の起源や歴史的推移を問題にするだけではなく、ある一時点における言語の内的な構造をも対象にすることで、全的に言語を理解することになると考えた。

この構造は2つの恣意的な関係性の体系が、さらに恣意的に結びついているとして理解される。

その一方には、人間がつくりあげた現実世界の、人類普遍ではない分類体系がある。虹の色や雨の種類、風の種類などを、人間はしばしば言語話者族固有に区別する。連綿としていていろいろな形で分類ができそうな対象であるにも拘らず、特定の分類体系に比較的長く執着することが起こる。これは、どのような差異を有意味なものと考え、どのような差異を無視するかについての、各言語話者族の自己固有の恣意的な選択として理解される。その選択がその言語に固有の語体系を作り、その語体系はまた逆に、その言語の話者族に、彼らの生きる現実世界を築いて与える。この語体系の固有性を成す側面をソシュールは、"価値" と呼んでいる。価値は話者族の恣意によるという意味で恣意的なのである。この場合、意義は話者族間に共通普遍のほうへ寄った側面である。英語のsheep とフランス語のmoutonは、意義が同じでも価値が異なる、というように表現できる。ここでソシュールは、「各民族語は相互に異なる固有の世界像を持つ」という言語相対論にある。

他方で人は、言語に用いる音についてもその区別は恣意的である。例えば日本語では英語の「r」と「l」にあたる音の区別がなく、韓国語では英語の「p」と「b」にあたる音の区別がないように、本来ならば様々な形で分類できそうな多様な音を、有限な差異によって分類される有限数の音に、各言語の話者族は自己固有の仕方(つまり人類に共通普遍的・必然的とは言えない仕方で)区分けしている。これは現在では"言語の音声面での恣意性"などと表現する。

このように分類・区別という、線引きの集まりを恣意的につくりあげる行為は"分節"と呼ばれるようになった。現実世界の認識の体系も、言葉を構成する音も、人間はそれら二つの体系を"分節"によって作りあげていることになる。(線引きが恣意的であることを、後にあえて"差異の体系"などと呼んだ評論家もいるが、それでは力点の置き方が異なってしまい、ソシュールの意図からは外れることになる)

ここで、2つの恣意的な体系も、恣意的に結びついていると指摘される。例えば「米」として分節された特定の対象物が「こ・め」という特定の音と対応していることには、必然性はない。

ソシュールはこれを一般化して、「言葉と意味、あるいは表現と内容(シニフィアンとシニフィエ)の関係は恣意的である」と定式化し、両者の関係のありかた、すなわち恣意的な関係性を「シーニュ」と呼んだ。(日本語ではシーニュに「記号」という訳語があてられ普及してしまったが、意訳せず音写にとどめるべきだった、とする人もいる。)

[編集] ソシュール言語理論についての批評

インド哲学との類似性
各言語がその話者族にとって自然であると感じられるとしても、人類的には非実体的な虚構であることを示したことは、分節化の前の生きた人間の様相への問いや、東洋的な離言真如評価との接点を切り開くものである。
インドでは、恣意性については「空」「縁起」などの概念で2000年前にはすでに知られていた(さらに単なる知識や評論に留まらず、その恣意性を消し去る高度な技法が釈迦によって発見され、実践体系や生き様にまで高められ、「仏教」と呼ばれるようになった)わけであるが、ソシュールは(インドの哲学を、知っていたか知らなかったか、明らかではないが、ともかく結果として)このインド起源の概念に類似したものを導入したということになる。因みに「空」の概念は原語のサンスクリットでは「シューニャ」と元々呼ばれている。ソシュールは"恣意的な関係性"の概念を「シーニュ」と命名した。(六派哲学などの項も参照)

記号論(シーニュ論)に発展
ソシュールの指摘によって、恣意的な関係性「シーニュ」の概念が、言語学の分野において指摘されたことをきっかけとして、同様の恣意性が、言語に限らず様々な象徴や指標でも見出されることが、(インド哲学をあまり知らなかった)ヨーロッパの人々にも、遅ればせながら意識されるようになった。「シーニュ」の概念は、言語に関する理論にとどまらず、他の論者・評論家たちによっても類推・拡張的に利用され、次第に「記号論」と呼ばれる一連の論・評論へと発展してゆくことになった。一例を挙げると、後の記号論者には、あるブランドに特定のイメージが関連づけられる仕方は、概ね恣意的なものであり、他の類似ブランドとの差異の体系を形成している、ということを指摘した者もいる。同様に映画や小説の作品を、作者の個人的な生い立ちや意図ではなく同時代の関連作品との"差異の体系"などとして読み解こうとする後の評論家らによる「間テクスト性の分析」も元をただせばソシュールの提示した概念に負うところが大きい。